「本音で生きよう」
そんな言葉を、
聞いたことがありますか。
でも実際は、
“本音がわからない”
そう感じることもあります。
本当はどうしたいのか。
何が好きなのか。
何を望んでいるのか。
頭で考えれば考えるほど、
わからなくなる。
以前の私は、
本音というものは、
“ちゃんと言葉にできるもの”
だと思っていました。
でも今は、
少し違う感覚があります。
本音って、
頭の中で探すものというより、
もっと静かな場所に
あるのかもしれません。
私の場合、
それを感じやすいのは、
静かな時間でした。
一人でいる時。
意識を集中している時。
余計な音が少なくなった時。
すると時々、
言葉になる前の感覚が、
ふっと降りてくることがあります。
説明はできない。
でも、
「あ…」
と、
何かが動く。
それは、
頭で考えて出した答えとは、
少し違う感覚でした。
もっと体に近い。
心よりさらに奥の、
深い場所が反応しているような感覚。
本音って、
大きな声で主張してくるわけではありません。
むしろ逆で、
とても静かです。
だから、
周りの声や、
“ちゃんとしなきゃ”
が大きいと、
その小さな声は、
聞こえなくなってしまう。
でも本当は、
ずっと消えていたわけじゃない。
静かに、
そこにいたのかもしれません。
人は時々、
「正しい答え」
を探そうとします。
でも本音は、
正しさではなく、
“感覚”
として現れることがある。
もしかすると、
本音とは、
頭で考えて見つけるものではなく、
静かな時間の中で、
ふっと出逢うものなのかもしれません。
だからもし今、
自分の本音がわからないとしても。
焦らなくていいのかもしれません。
その声はきっと、
今も静かに、
あなたの内側にあるのだから。
